ごあいさつ
東京にあこがれて、文学にあこがれて、文学をテーマに東京の街歩きをしてみたいと思ったのがきっかけで、いつしか夏目漱石にはまってしまいました。
2016年の漱石没後100年、2017年の漱石生誕150年。節目の年を過ぎようという今、次の節目の年にむかって、漱石を引き継いでゆきたいと、勝手に「漱石文学館」を開館しました。この文学館が、漱石を知り、語り合う場になれば嬉しいです。
2017年10月
勝手に漱石文学館
館長 北野豊
今日のつぶやき
この勝手に漱石文学館も開館以来三年半あまり。おかげで来館者も7万人を超え、ほんとうに感謝です。これを機に、館長秘書を置き、いっそうの充実を図ることになりました。私を瀬戸内寂聴さんと並べることは絶対にできませんが、秘書北澤みずきさんは瀬尾まなほさん同様、とても有能と確信しています。
これから「館長のつぶやき」のコーナーにも、「秘書のつぶやき」として、時どき登場しますので、よろしくお願いいたします。

【秘書のつぶやき】
はじめまして。館長の秘書の北澤みずきです。
先日、館長に子どもの頃のことをメールしようと書いていました。
「近所の人たちから白い目で見られているのではと思い…」
この「白い目」。使い方が合っているかどうか気になり『日本国語大辞典 第二版』(小学館 2000)で調べてみました。「悪意を含んだ眼つき。冷淡な眼。白眼。」とありました。
日本語国語大辞典には用例(もっとも古い使用例)が載っています。
なんと、漱石の『坑夫』(1908)。「さっき白い眼でぢろぢろ遣られたときなぞは」。漢詩からなのか英語から訳したのかわかりませんが、漱石がはじめて使った言葉だったのですね。日本国語大辞典は初版から約25年後に第二版が出版されています。第三版が出版されるとしたら、今年は2021年ですから、あと数年後でしょうか。もしかしたら電子書籍のみになるかもしれません。その時もどうか、用例の初出が漱石のままでありますように。
秘書のつぶやき、どうぞよろしくお願いいたします。

【館長のつぶやき】
このように何気なく過ぎてしまうような言葉にでも、立ち止まって、関心をもち、とことん調べてみるのが、みずきさんの素晴らしい点です。「白い目」から漱石まで行ってしまうとは、思ってもみませんでしたが、こうした発見に出会えるのは嬉しいことですね。
 こうなってくると、私の好奇心も黙ってはいません。「さっき白い眼で・・・」はいったいどこに出て来るのだろう。あらためて『坑夫』を読み直してみると、ありがたいことにすぐ見つかりました。ほとんど冒頭。
東京を発って北へ向かった主人公。掛茶屋の前を通り過ぎようとした時、さっきまで茶屋の婆さんと話していた袢天だかどてらを着た男が急に振り向いて主人公を見る。《白眼の運動が気に掛かる程の勢いで自分の口から鼻、鼻から額とじりじり頭の上へ登って行く。鳥打帽の廂を跨いで、脳天まで届いたと思う頃又白眼がじりじり下へ降って来た。(略)臍の所には蟇口がある。三十二餞這入っている。白い眼は久留米絣の上からこの蟇口を覘ったまま、木綿の兵児帯を乗り越してやっと股倉へ出た》。《実は白い眼の運動が始まるや否や急に茶店へ休むのが厭になったから、すたすた歩き出す積でいた》。《俎下駄を捩る間際には、もう白い眼の運動は済んでいた。残念ながら向うは早いものである。じりじり見るんだから定めし手間が掛かるだろうと思ったら大間違い。じりじりには相違ない、何処までも落附いている。がそれが滅法早い》。《あの白い眼にじりじり遣られたのも、満更持前の半間からばかり来たとも云えまい。こう思い直してみると下らない》。こんなふうにとにかく主人公は茶屋の前を通り過ぎたが、後ろから袢天どてらの男に呼び止められてしまいます。《実を云うとこの男の顔も服装も動作もあんまり気に入っちゃいない。ことにさっき白い眼でじろじろ遣られた時なぞは、何となく嫌悪の念が胸の裡に萌し掛けた位である》。それが二十間歩かないうちに、一種の温味を帯びた心持で後帰りする主人公。
こうして主人公はこの袢天どてらの男に誘われて、銅山で働くことになります。ふつう、人を見るのは黒眼。だから「人見」と言い、「瞳」と書く。ほんとうは「黒い眼でじろじろ遣られた」とすべきでしょう。それを漱石は「白い眼」と書いた。黒眼が素早く上に、そして下に。それがあまりに速いため、白眼だけ見えたのかもしれません。そんなところがいかにも漱石らしい。
漱石が使用した「白い眼」は眼の動きを表したもので、感情を表現したものではありません。「悪意」もなければ「冷淡」でもない。「白い眼」とは、しいて言えば「素早くじろじろ見ること」。銅山で働く労働者を物色していた袢天どてらの男は、若者が通りかかったのをこれ幸いに、瞬時に品定めして、「こいつはイケる」と思って、声をかけたのでしょう。
この「白い眼」が漱石の用法を超えて、「悪意」や「冷淡」の意味をもつようになったのは、どうして?これは私の推測ですが、「じろじろ」見る方には、いろいろ思いがあっても、「じろじろ」見られた方はあまり良い感じがしない。私なども、見知らぬ土地へ行って、じろじろ見られたら、冷たい視線と感じてしまいます。「白い眼」は漱石の思いを超えて、見られる側の感覚を表す言葉に進化していったのではないでしょうか。
 漱石は眼の動きを『明暗』でも描いています。津田由雄の妻延子(お延)は、色の白い女で、その所為で形の好い彼女の眉が一際引立って見えたが、《惜い事に彼女の眼は細過ぎた。御負に愛嬌のない一重瞼であった》。《けれどもその一重瞼の中に輝やく瞳子は漆黒であった。だから非常に能く働らいた。或時は専横と云ってもいい位に表情を恣ままにした。津田は我知らずこの小さい眼から出る光に牽き付けられる事があった。(略)すると彼女はすぐ美くしく歯を出して微笑した。同時に眼の表情が迹方もなく消えた》。本心好きではないけれど、どこか惹かれるところがある。由雄のお延に対する思いを、漱石はこのようなかたちで表現したのかもしれません。
 秘書のおかげで、これからも漱石や鏡花・秋聲・犀星との新しい出会い、発見があるかもしれません。今後ともよろしくお願いいたします。

(『館長のつぶやき』より)
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