ごあいさつ
東京にあこがれて、文学にあこがれて、文学をテーマに東京の街歩きをしてみたいと思ったのがきっかけで、いつしか夏目漱石にはまってしまいました。
2016年の漱石没後100年、2017年の漱石生誕150年。節目の年を過ぎようという今、次の節目の年にむかって、漱石を引き継いでゆきたいと、勝手に「漱石文学館」を開館しました。この文学館が、漱石を知り、語り合う場になれば嬉しいです。
2017年10月
勝手に漱石文学館
館長  北野 豊
今日のつぶやき
九州、中国、四国、近畿、岐阜など、全国各地で大きな水害が発生し、多くの犠牲者が出てしまいました。被害にあわれた皆様にお見舞い申し上げます。岡山でも大きな被害が出ました。ふと思い出したのが、漱石が岡山で水害にあったことです。明治25年、1892年、7月に子規と旅に出た漱石は、いっしょに京都、大阪をまわり、神戸で子規は松山へ、漱石は岡山へ。11日に岡山に着いた漱石は旭川沿いの片岡家に逗留。片岡家は次兄の妻小勝の実家で、1887年に次兄が亡くなったため、小勝は実家に戻っていた。16日、漱石は小勝の再婚先の岸本家を訪れ、19日に片岡家に戻った。片岡家は岡山市内の内山下町138番地。岸本家は海岸に近い、西大寺金田にあった。23日から24日にかけて、岡山は大雨に見舞われ、旭川が氾濫。浸水が始まり、漱石は本の入った柳行李を抱えて、当時の県庁付近へ避難した。片岡家は床上150センチの浸水だった。漱石たちはしばらく、当時の県庁近くの光藤家に避難。この大水害で、岡山県内、74人の方が亡くなった。思いもかけない災害に直面した漱石は、8月10日、子規のいる松山へ旅立った。

(『館長のつぶやき』より)
新着
21世紀の木曜会』へのご参加、お待ちしてます。
長年の漱石研究の成果をもとに、何ものにも囚われない在野の視点から、漱石を描きます。今までの常識がひっくり返るような事実も浮かび上がってきます。順次、新しい章を追加、掲載していきます。お楽しみに。
漱石に関わる単発のテーマを、思いつくまま、気のむくままに、順次、掲載していきます。漱石気分に書き入れることができなかった「こぼれ話」です。お楽しみに。
漱石に関係あること、ないこと。館長が勝手気ままにつぶやきます。
漱石のもとを訪れる人が増え、漱石の負担を心配した弟子たちが、木曜日に限って漱石のもとに集まるという申し合わせをするようになりました。こうして生まれた木曜会には漱石も顔を出し、集まった人たちも忌憚のない意見を出し合いました。
「21世紀の木曜会」。連載に対する意見、感想をはじめ、漱石に関すること何でも、お互いに語り合い、意見交換、情報交換していきましょう。発言、お待ちしております。
北野豊著『漱石と歩く東京』『漱石と日本国憲法〜漱石からのメッセージ』の紹介と購入方法が書かれています。
漱石の作品を読みたい方、どうぞご利用ください。
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