ごあいさつ
東京にあこがれて、文学にあこがれて、文学をテーマに東京の街歩きをしてみたいと思ったのがきっかけで、いつしか夏目漱石にはまってしまいました。
2016年の漱石没後100年、2017年の漱石生誕150年。節目の年を過ぎようという今、次の節目の年にむかって、漱石を引き継いでゆきたいと、勝手に「漱石文学館」を開館しました。この文学館が、漱石を知り、語り合う場になれば嬉しいです。
2017年10月
勝手に漱石文学館
館長 北野豊
今日のつぶやき
12月9日、漱石忌が近づいてくると、漱石に関する記事をあちらこちらで目にします。すでに死後103年になろうとしているわけですが、いまだに関心を集め、漱石について何か書いてみたくなる。稀有な人物のひとりであり、そして何よりも今も漱石は生きているかのようです。
漱石の研究においても優れている文学者坪内稔典先生が、実は『明暗』は完結していたと述べていることを知り、新鮮な衝撃を受けました。『明暗』は1916年5月26日から連載が始まり、12月14日、188回をもって、作者の死去によって終了しました。死後数日連載できたのは、11月21日に188回分まで執筆していたから。客観的に漱石の病状はかなり悪化し、あまり長くないと感じさせたかもしれませんが、本人も家族もこのように早く死を迎えるとは思ってもいなかったでしょう。漱石も『明暗』について、もっと先まで構想をもって執筆していたでしょうから、完結と言って良いものか。水村美苗さんは『続明暗』などという小説も書かれています。
けれども、坪内先生の述べるところに耳を傾けると、『明暗』はあの場面で終わっても不自然ではないなと思えてきます。ひょっとしたら、すでに天命を知った漱石は、その導くままに『明暗』を完結させていたのかもしれません。
もちろんこれは私の妄想かもしれませんが、けれどもちょっと見方を変えると、そもそも小説で「完結」とはいったいどういうことでしょう。『吾輩は猫である』は吾輩が死んでしまったので、「完結」と言えるでしょう。けれども、『三四郎』だって続きを書こうと思えば書くことができるし、『門』でも『行人』だって書けます。『こころ』も、私のその後を書いていくことはできます。つまり、ほとんどの作品が「完結」ではなく「絶筆」なのです。無理やり作者自身が幕を下ろしてしまっただけです。
人生という甕の中に落っこちた漱石は、甕の中から這い上がろうと、がりがりと甕のふちを引っかきながら、必死で最期までもがき続け、ふっと力を抜いてすべてを天にゆだね、1916年12月9日(土曜日)午後6時30分、甕の中から旅立って行きました。吾輩のように、「南無阿弥陀仏」を唱えていたか。それは私にはわかりません。
(『館長のつぶやき』より)
新着
連載 漱石こぼれ話』に『25.田端点描』を追加しました。
連載 漱石気分』が完結しました。
21世紀の木曜会』へのご参加、お待ちしてます。
長年の漱石研究の成果をもとに、何ものにも囚われない在野の視点から、漱石を描きます。今までの常識がひっくり返るような事実も浮かび上がってきます。順次、新しい章を追加、掲載していきます。お楽しみに。
漱石に関わる単発のテーマを、思いつくまま、気のむくままに、順次、掲載していきます。漱石気分に書き入れることができなかった「こぼれ話」です。お楽しみに。
漱石に関係あること、ないこと。館長が勝手気ままにつぶやきます。
漱石のもとを訪れる人が増え、漱石の負担を心配した弟子たちが、木曜日に限って漱石のもとに集まるという申し合わせをするようになりました。こうして生まれた木曜会には漱石も顔を出し、集まった人たちも忌憚のない意見を出し合いました。
「21世紀の木曜会」。連載に対する意見、感想をはじめ、漱石に関すること何でも、お互いに語り合い、意見交換、情報交換していきましょう。発言、お待ちしております。
北野豊著『漱石と歩く東京』『漱石と日本国憲法〜漱石からのメッセージ』の紹介と購入方法が書かれています。
漱石の作品を読みたい方、どうぞご利用ください。
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私のふるさと金沢が生んだ三文豪、泉鏡花・徳田秋聲・室生犀星に関するコーナーです。鏡花については漱石もかなり注目をしており、漱石は鏡花・秋聲に朝日新聞連載の便宜を図っています。犀星は漱石最後の、そしてもっとも才能ある門下生と言われる芥川龍之介と親しくなり、龍之介は漱石が果たせなかった金沢訪問を実現しています。そのような三文豪について、順次、私が書いた文章を掲載していきます。
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