ごあいさつ
東京にあこがれて、文学にあこがれて、文学をテーマに東京の街歩きをしてみたいと思ったのがきっかけで、いつしか夏目漱石にはまってしまいました。
2016年の漱石没後100年、2017年の漱石生誕150年。節目の年を過ぎようという今、次の節目の年にむかって、漱石を引き継いでゆきたいと、勝手に「漱石文学館」を開館しました。この文学館が、漱石を知り、語り合う場になれば嬉しいです。
2017年10月
勝手に漱石文学館
館長 北野豊
今日のつぶやき
開館3年。来館者が55000人を超えました。ほんとうにありがとうございました。

名月が鏡花を語る逗子の夜
鏡花が癒され、あらたな活力を得た逗子とはどんなところだろうかと、訪ねてみました。
レンタサイクルを借りて、最初にむかったのが桜山の観蔵院。斜面の途中に本堂があり、さらに上の方にむかって墓地。一番高いところまで登って、桜山地域全体を俯瞰。このどこかにかつて、しばらくの間ですが、鏡花一家が住み、従姉妹たちがやって来たり、どこかの令嬢が来たり、すずが来たり、それをかぎつけた紅葉が怒鳴り込んできたことでしょう。歩くには少し距離があるので、紅葉は人力車で来たのではないかと推察します。
その後、宗泰寺。この寺も山際にあり、墓地が斜面の上にのびています。ここでも上まで登って、田越地域一帯を俯瞰。市役所も正面によく見えます。それから田越橋へ。橋を渡って右側が現在の逗子5丁目で、橋から近い所に神楽坂を後にした鏡花とすずが4年ほど過ごした家があったはず。ところが「旧居跡」といった表示はまったくなく、どこだかわからない。さっそく聞き込み開始。インターホンを押すと、丁寧に出て来てくれる家ばかりだったけれど、誰も知らない。そもそも泉鏡花を知らない。百年以上前のことだから当然だが、逗子ではもう鏡花は語り継がれていないのだろうか。蘆花のことはよく話してくれるのだけれど。Tさんのお宅では90歳というおじいさんが、幼い頃の天皇行幸(葉山に御用邸ができ、そこへむかう途中、逗子を通られた)、戦後の他越川氾濫で床上浸水した話、ここが間違いなく旧地名が「亀井」であることなど、親切に話してくれて、それはそれでとても興味深く聞くことができたけれど、肝心の鏡花については不明。ただ、この辺りが亀井900番地台であることはわかって、この近くであることは確認できた。とにかくこういう出会いは嬉しい。
つぎは大崎公園にある「うさぎ」の像。海岸に突き出したちょっとした岬、程度に思ってやって来たが、どうやら海岸を通る道路からは行くことができないようで、ぐるりとまわってみたものの、登り口がわからない。近そうな道を選んだら、急な登りで住宅地に達し、そこを下りたところで訊くと、あそこの山(披露山、ひろやま)を登った先だと言う。また急坂を登り、披露山公園の高級住宅街(披露山庭園住宅)を抜け、また急坂を登って、やっとうさぎに面会。大崎公園からは江の島なども間近かに見え、それにしても心臓の高まりは治まらず、それでも電動アシスト付き自転車で良かったと・・・。 
横須賀線を越えて、岩殿寺は何とか迷わず行けたものの、地図では鏡花の句碑が本堂に奥に記入されていたため、奥ノ院まで行ってしまいました。足を踏み外したら、命がないと思われる急で長い石段を上ると、奥ノ院に「鏡花の池」。いくつかの作品に出て来るものでしょうか。とにかく、鏡花の作品よりも怖い石段を、今度は下りて、本堂にお参りして、住職に訊ねると、句碑は山門を入る左側にあるとの答え。何とか写真におさめることができました。
最後は、鏡花の姪(斜汀の娘、すずの養女)名月が住んだ山の根2丁目の家跡。町内へ入ったところで、通行中の女性に訊ねると、そもそも泉鏡花を知らない。それでも、ふと思い出したか、「そう言えば、そこを曲がったところに、何だか碑のようなものがあった気がする」と、後ろから声をかけてくれました。曲がって少し行くと、右手に「ディアコート名月」というアパートの表示が見えて来て、「おっ、ここに間違いない」。「室生マンション」もそうだけど、こうした名称はありがたい。アパート(2階建て、4軒分)の前が駐車場。そのむかって右側に鏡花の句碑と、鏡花・名月たちの関係、この地との関係などを書いた説明板。アパートのむこうに横須賀線が見える。意外に早く見つかって、ホッとしたら力が湧いてきて、葉山の街まで自転車を走らせ、砂浜から江の島を眺めて、しばし、「葉山」を感じて来ました。
それにしても、逗子の街。もし津波が襲ったらどうなるのだろうか。3.11東日本大震災時のような津波が襲ったら。低平な土地が奥まで続き、しかもしだいに狭くなっている構造。おそらく壊滅的な打撃を受けることでしょう。田越川の水害も心配です。急傾斜地の宅地も土砂災害が心配。『地理屋』というのは、最後はこのようなところに関心が行ってしまいます。津波を避ける意味もあって、逗子では山の上に新興住宅地が広がっています。もともとの平坦地が隆起したのでしょう。山頂部にあたる部分が広く、起伏が少なくなっています。それでも、標高20mくらいの洪積台地と違って、50m以上あるので、登るのがたいへん。自家用車は必需品と感じました。高級住宅街の披露山庭園住宅街に住む人と思われる人が、バスを降りて、長い坂を登ってくる姿を見かけました。
地図を片手に、迷いながら、訊ねながら、探し歩く旅は楽しいものですが、「鏡花旧宅跡」「鏡花句碑、この先」など、ありそうな表示がまったくなく、かなり年配の人でも鏡花を知らず、「まあ、住んだ年月も長くないから、やむを得ないかな」と思いつつ、逗子を後にしました。
(『館長のつぶやき』より)
新着
連載 漱石こぼれ話』に『25.田端点描』を追加しました。
連載 漱石気分』が完結しました。
21世紀の木曜会』へのご参加、お待ちしてます。
長年の漱石研究の成果をもとに、何ものにも囚われない在野の視点から、漱石を描きます。今までの常識がひっくり返るような事実も浮かび上がってきます。順次、新しい章を追加、掲載していきます。お楽しみに。
漱石に関わる単発のテーマを、思いつくまま、気のむくままに、順次、掲載していきます。漱石気分に書き入れることができなかった「こぼれ話」です。お楽しみに。
漱石に関係あること、ないこと。館長が勝手気ままにつぶやきます。
漱石のもとを訪れる人が増え、漱石の負担を心配した弟子たちが、木曜日に限って漱石のもとに集まるという申し合わせをするようになりました。こうして生まれた木曜会には漱石も顔を出し、集まった人たちも忌憚のない意見を出し合いました。
「21世紀の木曜会」。連載に対する意見、感想をはじめ、漱石に関すること何でも、お互いに語り合い、意見交換、情報交換していきましょう。発言、お待ちしております。
北野豊著『漱石と歩く東京』『漱石と日本国憲法〜漱石からのメッセージ』の紹介と購入方法が書かれています。
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私のふるさと金沢が生んだ三文豪、泉鏡花・徳田秋聲・室生犀星に関するコーナーです。鏡花については漱石もかなり注目をしており、漱石は鏡花・秋聲に朝日新聞連載の便宜を図っています。犀星は漱石最後の、そしてもっとも才能ある門下生と言われる芥川龍之介と親しくなり、龍之介は漱石が果たせなかった金沢訪問を実現しています。そのような三文豪について、順次、私が書いた文章を掲載していきます。
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