ところで、『こころ』の謎解きの最後に、「静」と並んで名前が出てくるKとは誰かについて、触れておきたいと思います。この作品で名前が出てくるのは、静とKの二人だけです。静に意味があるとしたら、当然Kにも意味があるはずです。イニシャルKとは、いったい誰なのか。清沢満之説、石川啄木説、幸徳秋水説など、いくつかの説があります。
清沢満之は子規と漱石が尊敬し、大きな影響を受けた浄土真宗の僧侶です。Kの実家も新潟の真宗寺院であり、共通点はあります。
高橋源一郎氏などはKを石川啄木とする説を唱えています。啄木の本名は石川一。母カツは入籍しておらず、実家の工藤姓のまま。啄木も戸籍上は工藤一でした。したがって、イニシャルはKになります。父石川一禎は曹洞宗ではありますが、常光寺住職でした。つまり啄木は僧侶の息子であったのです。
いずれも捨てがたい説ですが、ここで作品の中に戻って、原点からKの正体を探ってみたいと思います。
Kは「先生」によって殺されたようなものでした。つまり、Kは乃木大将に殺されたようなものです。言い換えれば、「国家主義」に殺されたようなものです。Kというイニシャルで「国家主義」に殺された人物と言えば、思いつくのは幸徳秋水。
漱石は大逆事件に関して、何も行動せず、何も語らず、何も書かず、ただ黙っていました。その結果、幸徳秋水らを見殺しにしていったのです。もちろん、客観的にみれば、危篤状態に陥った「修善寺の大患」を含むこの時期に、漱石が何か行動できるはずもありません。けれども、どんなに言いわけができようとも、漱石は自分自身の良心に対して、許せない気持ちでいっぱいだったのでしょう。「Kはどうして自殺したのだろう」という質問を聞くたびに「先生」が感じたと同様に、幸徳の死を思う時、漱石の《良心はその度にちくちく刺されるように》痛むのです。そして、《早く御前が殺したと白状してしまえという声を》聞くのです。「先生」がKを見殺しにした、ひょっとしたら「先生」自身がKを死に追いやったかもしれないと同様に、漱石は幸徳らを見殺しにしていった、そんな思いが強かったのではないでしょうか。
幸徳のような犠牲者を二度と出したくない、そんな思いが『こころ』を書きあげていく原動力の底辺に流れていたのだと、私は思います。