ご無沙汰しております。ギター音吉です。
時々「勝手に漱石文学館」を拝見させていただいております。
漱石が没した特別な日に書き込ませていただきます。
今秋関西旅行の折に京都の御池大橋畔の「漱石句碑」を見て来ました。
大正4年の春「道草」連載前に京都へ漱石が滞在の折に詠んだ俳句が彫られていて、句碑に並んで銘板があって興味深かったので旅行後にあれこれ勉強し、整理したものを近々私のブログへ書き込もうと現在準備中です。
句碑は漱石の投宿場所の近くに立てられたそうで、その辺の事情については、以前北野さんが教えてくれた「東京紅団」の漱石の記事も参照しました。そこに大正2年の地図が引用されていて、京都ホテル(現在の京都ホテルオークラ)が当時既にあったことが分かります。
漱石の滞在した旅館は「北大嘉」といい、(きたのたいが)が正解のようですが、江藤淳の「漱石とその時代」第5部では(きたのだいか)とルビがふられています。(206頁)
とか色々勉強になりました。