ごあいさつ
東京にあこがれて、文学にあこがれて、文学をテーマに東京の街歩きをしてみたいと思ったのがきっかけで、いつしか夏目漱石にはまってしまいました。
2016年の漱石没後100年、2017年の漱石生誕150年。節目の年を過ぎようという今、次の節目の年にむかって、漱石を引き継いでゆきたいと、勝手に「漱石文学館」を開館しました。この文学館が、漱石を知り、語り合う場になれば嬉しいです。
2017年10月
勝手に漱石文学館
館長 北野豊
今日のつぶやき
伊香保温泉に行ってきました。温泉でのんびりしたいという思いもありましたが、伊香保を選んだ理由はもちろん漱石が訪れたところだから。漱石は夏休みを利用して、1894年7月25日、伊香保へやって来ました。
こうなると、どうやって伊香保まで行ったか気になるのが私の性分で、漱石は7時25分に上野停車場発の汽車に乗ったことを小屋保治宛手紙に書いています。おそらく、高崎で降り、渋川行きの馬車鉄道に乗ったと思われます。高崎線と呼ばれ、漱石が行く一年前の1893年9月1日に開通。約21km。前橋から渋川へ行く馬車鉄道前橋線も漱石が訪れる1週間前の7月17日に全線開通しています。漱石がどちらを選んだかわかりませんが、当時の情報を考えれば、高崎の方が可能性は大きいでしょう。とにかく漱石は新しく鉄道が開通し、便利になると、そこをめがけて出かけています。渋川から伊香保に鉄道が開通するのは1910年ですから、当時は渋川から徒歩。距離約13km、高低差約500m。と言っても、漱石も、他に訪れた文人たちも、何も書いていません。歩いてたいへんだったら、書いたはずです。漱石が訪れた当時、伊香保は人気の温泉で、大勢の人が訪れています。女性も、外国人もみられます。駕籠、馬が使われた記録があり、人力車、馬車も使用されたようです。地形に合わせて、これらを組み合わせ、ひとつの交通システムがつくりあげられていたと、みることができるでしょう。江戸時代なら、江戸から4日以上かかった伊香保へ、漱石はその日の夕方6時頃、到着しています。
漱石は石段街の中ほど、江戸時代からの老舗木暮旅館に泊まろうと思ったものの、満室と断られ、番頭に探してもらって、萩原旅館に泊まったとされています。萩原旅館というのは、じつは当時も存在しません。しかし、萩原亀太郎が経営する丸本屋、萩原重朔が経営する松葉屋が、木暮を出て石段道を横断したところに、並んで建っており、そのどちらかに泊まったものと思われます。北向きの6畳だが、部屋からの見晴らしが良く、少しは満足したようです。丸本屋は丸本館として現在も営業。木暮は移転して石段街を離れ、跡地は現在駐車場になっています。
漱石は木瀬村(前橋の東郊にあり、現在は前橋市に編入。木瀬中学校として木瀬の名が残っている)に帰省中の小屋保治に手紙を出し、来るように誘います。前述のように1週間ほど前に前橋から渋川へ馬車鉄道が全通しており、小屋は行きやすかったでしょう。この先の漱石と小屋については書くまでもありません。
伊香保温泉には旅館・ホテルも多く、どこに泊まろうか迷ってしまいますが、私は眺望の良さを優先し、石段街からは少し離れているものの、「送迎しますよ」とのご主人の応対の良さにほれ込んで、某荘を予約。五階の特別展望客室を用意していただきました。伊香保は北向きに開けたところで、漱石も北向きにひっかかりながら、眺望の良さに満足しています。私の部屋も、横手山から谷川岳、武尊山、日光の山並み、近くは赤城山まで、窓からパノラマが開かれ、明るく清々して、大満足。やはり、雪山の見える季節は良い。北向きのイメージがすっかり変わりました。お料理もベースになる味をもちながら、一品一品が料理としての個性をもっている。器も多くが同じ窯元で揃えられ、ご主人の味や料理に対するこだわり、確かさが伝わってきます。チェックアウトの時に、ご主人が豆から挽いていれてくれたコーヒーが、すべてを物語っているようでした。
旅館のご主人、観光協会の方、ハワイ王国公使別邸(記念館)のスタッフの皆さん、などなど、温泉とともに人の温もりを感じる伊香保でした。
(『館長のつぶやき』より)
新着
連載 漱石こぼれ話』に『25.田端点描』を追加しました。
連載 漱石気分』が完結しました。
21世紀の木曜会』へのご参加、お待ちしてます。
長年の漱石研究の成果をもとに、何ものにも囚われない在野の視点から、漱石を描きます。今までの常識がひっくり返るような事実も浮かび上がってきます。順次、新しい章を追加、掲載していきます。お楽しみに。
漱石に関わる単発のテーマを、思いつくまま、気のむくままに、順次、掲載していきます。漱石気分に書き入れることができなかった「こぼれ話」です。お楽しみに。
漱石に関係あること、ないこと。館長が勝手気ままにつぶやきます。
漱石のもとを訪れる人が増え、漱石の負担を心配した弟子たちが、木曜日に限って漱石のもとに集まるという申し合わせをするようになりました。こうして生まれた木曜会には漱石も顔を出し、集まった人たちも忌憚のない意見を出し合いました。
「21世紀の木曜会」。連載に対する意見、感想をはじめ、漱石に関すること何でも、お互いに語り合い、意見交換、情報交換していきましょう。発言、お待ちしております。
北野豊著『漱石と歩く東京』『漱石と日本国憲法〜漱石からのメッセージ』の紹介と購入方法が書かれています。
漱石の作品を読みたい方、どうぞご利用ください。
クリックすると、「青空文庫」の漱石掲載作品一覧のページへ移動します。
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私のふるさと金沢が生んだ三文豪、泉鏡花・徳田秋聲・室生犀星に関するコーナーです。鏡花については漱石もかなり注目をしており、漱石は鏡花・秋聲に朝日新聞連載の便宜を図っています。犀星は漱石最後の、そしてもっとも才能ある門下生と言われる芥川龍之介と親しくなり、龍之介は漱石が果たせなかった金沢訪問を実現しています。そのような三文豪について、順次、私が書いた文章を掲載していきます。
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