ごあいさつ
東京にあこがれて、文学にあこがれて、文学をテーマに東京の街歩きをしてみたいと思ったのがきっかけで、いつしか夏目漱石にはまってしまいました。
2016年の漱石没後100年、2017年の漱石生誕150年。節目の年を過ぎようという今、次の節目の年にむかって、漱石を引き継いでゆきたいと、勝手に「漱石文学館」を開館しました。この文学館が、漱石を知り、語り合う場になれば嬉しいです。
2017年10月
勝手に漱石文学館
館長 北野豊
今日のつぶやき
8月18日、日曜日放送の「ダーウィンが来た」。今回は東京に住んでいるツバメやタヌキなどが登場しました。その中に、カエルが産卵のために移動する姿がありました。メスのカエルの上にオスが乗って、平地ばかりではありませんし、落ちてしまうもの。車や人間に踏まれるかもしれません。まさに生命がけの移動です。しかもこの移動にカエルの未来がかかっているのです。その場面を観ながら、ふと思い出したのが漱石の『門』の一場面です。紀尾井坂に近い清水谷公園の方から、外濠の弁慶濠の方に向かってカエルが大移動するのです。『門』22。宗助が坂井の家を訪れる。話し好きの坂井はこんなことを話し始める。--「何実を云うと、二十年も三十年も夫婦が皺だらけになって生きていたって、別に御目出度もありませんが、其所が物は比較的なところでね。私は何時か清水谷の公園の前を通って驚ろいた事がある」と変な方面へ話を持って行った。(中略)彼の云うところによると、清水谷から弁慶橋へ通じる泥溝の様な細い流れの中に、春先になると無数の蛙が生まれるのだそうである。その蛙が押し合い鳴き合って生長するうちに、幾百組か幾千組の恋が泥渠の中で成立する。そうしてそれ等の愛に生きるものが重ならないばかりに隙間なく清水谷から弁慶橋へ続いて、互いの睦まじく浮いていると、通り掛りの小僧だの閑人が、石を打ち付けて、無残にも蛙の夫婦を殺して行くものだから、その数が殆んど勘定しきれない程多くなるのだそうである。「死屍累々とはあの事ですね。それが皆夫婦なんだから実際気の毒ですよ。つまりあすこを二三丁通るうちに、我々は悲劇にいくつ出逢うか分からないんです。それを考えると御互は実に幸福でさあ。夫婦になってるのが悪らしいって、石で頭を破られる恐れは、まあ無いですからね。(後略)」--しかしながら、安井が坂井とつながっている以上、友人安井の妻を奪った宗助は、安井に頭を破られるのではないかという不安が、蛙の話しから大きく膨らんでしまうのです。「ダーウィンが来た」がまさか漱石に結びつくとは思ってもみませんでした。あらためて、カエルの夫婦が大群でゆっくりと行進する様が思い起こされます。(『館長のつぶやき』より)
新着
連載 漱石こぼれ話』に『25.田端点描』を追加しました。
連載 漱石気分』が完結しました。
21世紀の木曜会』へのご参加、お待ちしてます。
長年の漱石研究の成果をもとに、何ものにも囚われない在野の視点から、漱石を描きます。今までの常識がひっくり返るような事実も浮かび上がってきます。順次、新しい章を追加、掲載していきます。お楽しみに。
漱石に関わる単発のテーマを、思いつくまま、気のむくままに、順次、掲載していきます。漱石気分に書き入れることができなかった「こぼれ話」です。お楽しみに。
漱石に関係あること、ないこと。館長が勝手気ままにつぶやきます。
漱石のもとを訪れる人が増え、漱石の負担を心配した弟子たちが、木曜日に限って漱石のもとに集まるという申し合わせをするようになりました。こうして生まれた木曜会には漱石も顔を出し、集まった人たちも忌憚のない意見を出し合いました。
「21世紀の木曜会」。連載に対する意見、感想をはじめ、漱石に関すること何でも、お互いに語り合い、意見交換、情報交換していきましょう。発言、お待ちしております。
北野豊著『漱石と歩く東京』『漱石と日本国憲法〜漱石からのメッセージ』の紹介と購入方法が書かれています。
漱石の作品を読みたい方、どうぞご利用ください。
クリックすると、「青空文庫」の漱石掲載作品一覧のページへ移動します。
クリックすると、現在リンクされているサイトの一覧が表示されます。参考文献などにもリンクしていますので、どうぞご利用ください。
私のふるさと金沢が生んだ三文豪、泉鏡花・徳田秋聲・室生犀星に関するコーナーです。鏡花については漱石もかなり注目をしており、漱石は鏡花・秋聲に朝日新聞連載の便宜を図っています。犀星は漱石最後の、そしてもっとも才能ある門下生と言われる芥川龍之介と親しくなり、龍之介は漱石が果たせなかった金沢訪問を実現しています。そのような三文豪について、順次、私が書いた文章を掲載していきます。
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